五輪書「火の巻」

火の巻

勝負、合戦のさまざまな駆引きを説いたこの巻は、「水の巻」の応用編といえよう。その内容はきわめて心理学的、力学的で興味ふかい。

◆三ツの先と云事

先手をとるのに3つの場合がある。

第一は、はわが方から敵にかかっていく場合の先手のとり方。これを「懸の先」しかける先手という。静かな状態を保ったまま、にわかに、素早く。心をはりつめ、一気に鋭く攻めて圧倒するなど。

第二に、敵がかかってきた場合の先手のとり方。これを「待の先」待ってとる先手という。敵が先にかかろうとも、やり方によっては、こちらが逆に先手をとることがある。

第三に、わが方からもかかり、敵からもかかってくる場合の先手のとり方。これを「対々の先」という。同時にぶつかっても、こちらが先手をとることができる。

※これら三つの先については、その時の事情、有利不利から判断するので、常にこちらからかかっていくというものではないが、同じことならば、こちらからかかり、敵を引き回したいものである。

◆枕をおさゆると云事

「枕をおさえる」というのは、「頭を上げさせぬ」という意味である。

武芸にあって、敵が打とうとするのを止め、突こうとするのをおさえ、組もうとするのをもぎはなしなどすることを、枕をおさえるという。

敵の気配を判断し、敵が打とうとするならば、その「う」という字のところでくいとめ、その先をさせないという意味である。出鼻をくじく。肝心なところをおさえる。

◆三ツの声と云事

三つの声とは、声をかけるのに、初、中、後と、時により三つにわけることをいう。

1対1の戦闘においても、敵を動かそうとするには、打つと見せる矢先に、えいと声をかけ、声の後から太刀を打出すのである。また、敵を打ち倒して後に声をかけるのは勝ちを知らせる声である。この二つを「先後の声」という。太刀を動かすと同時に大きく声をかける事はない。また、戦闘の最中にかけるのは、拍子に乗るためのもので、低くかけるのである。

◆いわをのみと云事

「巌の身」というのは、兵法の道を心得ることにより、たちまちにして巌のように強固となり、どのような打撃にもたえ、動かされぬようになることである。

兵法35カ条によると、「岩尾の身と云は、動く事なくして、つよく大なる心なり。身におのずから、万里を得て、つきせぬ処なれば、生ある者は、皆よく心有る也。無心の草木迄も根ざしがたし。ふる雨、吹く風もおなじこころなれば、此身能々吟味あるべし」

神子 侃訳「五輪書」より抜粋

◆先手を取るというのは、必ず勝ちを得るということであ。それには攻めの研究が必である。鍛錬あるのみ。

◆泰然自若これ巌の身なり。